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参考13 自然治癒力で自分で治す!

1、近代医学の進歩とは・・・今まで分らなかった事がわかっただけ。治らない人、治せない医者が増えただけ。

その証拠に、病人が増加してます。高血圧の患者は4000万人以上、糖尿病は予備軍も含め2000万人、骨粗しょう症は1400万人等々日本中病人だらけです。

 

2、病気を治す主役は自然治癒力・・・日本人の大部分は病気や怪我を治してくれるのは医者や薬だと思っています。中には「薬・医者は命」と思い込んでいる人が多い。それが証拠に、ちょっと鼻水が出た程度でも。薬!薬!と喚く輩がたくさんいます。風邪の大部分はウイルスです。このウイルスは熱に弱いのです。だから、風邪を引けば、熱を出して鼻水を垂らして咳を出して治すというのが、自然の経過です。解熱剤も鼻水を止める薬も咳止めも必要ありません。

 

・本来、病気や怪我を治すのは、本人が生まれながらに持っている治す力(ゆらぎ)です。これに影響を与えるのが、栄養、休息、睡眠、整体です。自然治癒力をそぐようなことをしてはいけません。

・病気や怪我を治す主役は。自然治癒力(ゆらぎ)であって、医者や薬ではありません。医者や薬、機械は治すのを、お手伝いする脇役です。よって、本人に治せないものが、脇役である他人の医者に治せるはずがありません。だから医者に治してもらおうと考えるのを改めなくてはいけないのです。

 

3、医療に絶対確実はあり得ない・・・限界があります、古くなったものを新にすることはできませんし、死に行くものを止めることもできないのです。現実は何歳になってもどんな状態であろうとも、病院に行きさえすれば何とかなる思っている人が何と多いことでしょう。

・特に、年寄りの場合、元が古いから、大病院の専門医にかかったところで、すっかり良くなるわけがありません。ところが、今の年寄りは欲が深いからもっと良い医者が、もっと良い病院があるはずだと探し回ります。

・又、専門医を、治してくれる医者だと思い込まされています。実際は、病名をつける専門家であって、治す専門家ではないのです。いくら病名がついても治らないものは治らないのです。副作用を我慢すれば症状は抑えられます。

・専門医にかかれば治してもらえるなどと、ゆめゆめ思ってはなりません。病気を治すのは、あくまで自分自身です。本人に治せないものが専門医といえども、お手伝いする立場の他人の医者に治せるはずがないのです。心しておきましょう。

・さらに、身体全体にバランスよくガタがきている年寄りは、IPS細胞や再生医療などに寄り付かないほうが良い。なぜなら、年寄りの場合。一部分だけ修理しても、それで済む問題ではないからです。ポンコツ車に最新式のエンジンを積み込んだらどうなるか。考えればわかることです。

・もう一つは、どんなに医学が進歩しても、老いて死ぬのは必然であって、そこからは一歩も出られないのです。

 

4、高度な医療は重度の障害者を作る・・・今の医療の怖いところはどんな状態でも良い、1分1秒でも長く生かせればよいところです。とにかく助かれば良いではだめで、どのような状態で助かるかが重要です。

・助かったはいいけれど、家族では面倒見きれず、もてあまされて、たらいまわしにされ、無理やり生かされ続けるのも、人間の尊厳から見るといかがなものか。つまり、病人を障害者に変身させたり、軽度障害者を重度障害者させたりすることが多いのです。歩いて病院に行ったのに帰るときは車いすでといったのはよくあることです。

 

5、医療は何のために利用するか・・・人生を豊かに、、人間らしく死ぬためです。それには治癒・回復の可能性と、生活の中身(QOL)が改善する見込みが高い確率で見込める場合。そして症状の改善や苦痛の緩和が大きく望める場合も積極的に利用すべきです。

・ただ物事は、利益があれば、必ず不利益があります。利益と不利益を天秤にかけて利益が大幅に上回るかどうか確認しましょう。

・回復の見込みもなく、QOLの回復もなく、ただズルズルと死の先送りだけの医療処置であるなら利用すべきでありません。

 

6、エビデンス(科学的根拠)の正体・・・医学的に証明されていると言われると全員がそうなると思い込んでしまいがちですが、そうではありません。一人ひとり顔が違うように100人が100人同じ反応を示すことなど、あるはずがありません。統計学的に意味のある事実だと言うことです。

・リスクには絶対的リスクと相対的リスクがありますので、騙せれないようにしましょう。

 

7、医療は老いと死には全く無力・・・自分の健康は自分で守るものです。どのような状態までなら様子を見ていいのか?どうなったら病院に行ったらいいのかを常に考えとくべきで、最低下記の事項は知っておくべきです。

 ア、病名が分かったら、その病気は治るものなのか?治らなくてずっと付き合う病気なのか?悪化させないためどうしたらよいのか?

イ、薬は、どんな名前の薬でどんな効果があり、どんな副作用があるのか?代わりになるものはないのか?

ウ、検査は、何のためにするのか?何がわかるのか?わかった結果治療がどう変わるのか?良くする方法はあるのか?を確かめる。

エ、治療&検査には、副作用、被ばく、痛さ、辛さ、苦しさ、恥ずかしさ、時には障害、後遺症等を伴いますから、耐え忍ぶ価値があるかどうか判断する必要があります。

オ、医者と患者は全く同等で同じ人間です、只、医療に関する知識が多いだけで人間性・波動が良いとは限りません。自分の体は自分が主役です、遠慮も何もいりません、不明なこと、納得いかないことはドンドン聞くべきです。それに対しいやな顔をするような医者はダメ医者ですから、見限りましょう。

 

8、さあ皆さん、自分の健康は自分で守ることを放棄し、他人任せにしていたのを改め当事者意識に目覚めましょう!

足腰が丈夫であれば自分の事は自分でできます!いつの日か必ず来るお迎えの日まで、人に頼らず最後まで自分の体は自分で整えコロッと逝きましょう。

 

9、医療は本質的に老いと死には無力であることを認識し、医療業界によるマインド・コントロルから解放されましょう。

 

10、診療ガイドライン・・・は統計学的に意味のある治療法でありますが、100人が100人に有効だというわけでありません、効いた人と効かない人の差が統計学的に意味のあったという事実で、これを科学的根拠(エビデンス)といいます。裁判になった場合、法曹関係者は、診療ガイドラインを絶対視します。

これに従ってないと極めて不利になります。困ったものです。もともと医療にはやってみないと結果がどうなるかわからないという、不確実性がついて回ります。セカンドオピニオンも最近は様相が一変し、どこえ行っても誰に聞こうと、同じ治療法を勧められます。これを金太郎飴オピニオンといいます。

 

11、健康診断・・・どこか具合が悪いのが正常の、年寄りの健康診断をやってどうしようというのでしょう?大体、健診で用いられる基準値は、健康な若者のそれなのです。

しかも統計学的に90%に当てはまるので若者でも10%は外れます。そんなものに。長年使い込んでガタがきている年寄りが合格するはずがありません。

しかし、年寄りの方でも、我が身が使い古しであることを忘れて、異常なしと言ってほしくて、しかも将来の安心にもなると考えて、受珍します。

たとえ、異常なしと言われても、健診の賞味期限は当日限りですし、もし、万一、仮に異常があるなどと言われたらどうでしょう。

途端に、酒はまずくなる、食欲は落ちる、眠れなくなる、呼吸が浅くなる、イライラする、血圧は高くなる、心臓はドキドキする、自律神経は乱れる、交感神経の過緊張となれば、何のために健診を受けたのかわからなくなり、そこから重大な病気の原因を作ります。これを、高齢者健診病と言います。

・それに、基準値とのずれが僅かであったとしても、異常と言われれば、そのまま放っておくのは、かなり勇気がいります。

普通は、病院で精密検査というコースに乗ることになります。検査の結果を踏まえて、治療して完治するものならいいですが、再検査!経過観察!等で医療機関につながれます。これを、高齢者囲い込みと言い、病院の大きな収入源です。腕の良い医者と言われる人々は売り上げの多い医者で、治せる医者ではないのです。ゆめゆめ勘違いしないように。

・安心を得るはずだった健診が裏目に出てしまいました。もう充分に生きたわけですし、自覚症状がないなら、むやみに健診などに近寄らないのが賢明です。

 

12、ボケ(認知症)の進行を遅らせる薬はない・・・今、ボケ(認知症)の進行を遅らせるといって使われている薬がありますが、ほんとの意味で、進行を遅らせる薬は一つもありません。

進行を遅らせるためには、脳神経細胞が死滅するのを抑えることができなくてはなりません。できない相談なのです。

しかし、現実には、患者や家族は、ボケ(認知症)の進行を遅らせると思いこまされて薬をもらっている。

効かないのはまだ良いとしても重大な副作用があります。多いのが胃腸障害、吐き気、嘔吐、下痢、除脈、めまい、失神、喘息、気管支炎が起こります。粗暴に変身する場合が多くあります。

・ボケ(認知症)が進行するというのは、脳神経細胞がドンドン死滅して減るということです。当然、その細胞から出るアセチルコリンも減少します。一時的にアセチルコリンを増やしたところで大本自体が枯れているので一時症状が軽減するかもしれませんが、焼け石に水です。

・どんなに頭を使ってもボケるときはボケる・・・頭を使っていればボケないと言えば、そんな保証はどこにもありません。

普段よく頭を使ていた大学の先生等でボケた人がゴマンといます。とにかくボケの予防には、頭を働かせろ、手先を使え、身体を動かせ等色々言われますが、ボケるときはボケるのです。ボケ予防のためにやりたくもないのに無理にやるのは、考え物です、ボケの予防に確実なものは何一つありません。

ボケの最大の危険因子は加齢です、つまり、生きすぎに注意です。  「ボケ予防 何をやっても やはりボケ」

 

13、ボケ(認知症)を早期発見する利点はない・・・ボケ(認知症)の根本治療がないにもかかわらず、ボケ(認知症)の早期発見が声高々に言われ始めました。

物忘れはあるが日常生活に差支えのない人を軽度認知障害と呼んでいます。最近の調査では65歳以上の15%約600万人と言われています。ただ、本物に移行するのは半分くらいで、残りはそのままもしくはまともに戻ったりすると言われています。

・医療は人生をより豊かに、より幸せにするために利用するはずです。しかるに、全員が本物のボケ(認知症)に移行するわけでもないのに、早くからレッテルを張り、あたかも本物に移行する如く脅すのは如何なものか。

・我々、高齢者は、どうういう状態でいつまで生きるかわからない、必ず死ぬ運命ですから、ボケ(認知症)を早期発見すると余裕はなくなり、恐怖を抱き周囲も、見る目が違い、医療に対しても過大な期待をし、薬が何とかしてくれるしか考えられません。したがって、早期発見のメリットはあるように思えません。日常生活にさほど差支えないなら、あまり物忘れ外来等に近寄らないほうが良いと思います。

 

14、人間は穏やかに死ねる・・・生まれつき、私たちの身体には、穏やかに死ねる仕組みが備わっています。しかし、穏やかに死ぬのを邪魔しているのが「延命治療」であり、「延命介護」なのです。

・飲み食いしなくなった「飢餓・脱水状態」では、脳内に麻薬様の化合物である、βーエンドルフィンが分泌されて良い気持ちになり、脱水により意識レベルが低下しウトウトして傾眠がちになります。

このころになると、息遣いがおかしくなります。たとえば、何十秒か息が止まったり、息の仕方が大きくなったり、小さくなったり、喘ぐような息の仕方をします。

呼吸というのは、酸素を体内に取り入れ、体内で発生した炭酸ガスを体外に排泄ガス交換の事です。呼吸の仕方が悪いと酸欠状態となり炭酸ガスが体内に溜まります。酸欠状態でもβーエンドルフィンが分泌されますし、炭酸ガスには麻酔作用があります。

・つまり、死に際の「飢餓・脱水・酸欠状態・炭酸ガス貯溜」が穏やかに死ねる手助けをしてくれるというわけです。ですから、私達の身体には、生まれながらにして安らかに死ねるような、自然の絶妙な仕組みが備わっています。

・すなわち、「死ぬ」ということは、ぼんやりしたまどろみの中で、いい気持ちでこの世からあの世へ移っていくことですので、辛くも苦しくも淋しくもないのです。中村仁一先生によると勤務する老人ホームで500例以上の自然死を看取った経験から、医療や介護の邪魔が入りさえしなければ、「死」は穏やかなものであると確信していますと述べられています。

・今、世間では、「孤独死」が問題視され、惨め、可哀そうと考えられていますが、死んでいくのは一人であり、余程の事がない限り一緒に死んでくれる人はおりません。自然死の観点から一人で死んでいくのは理想の死に方だと思っています。

 

15、食べないから死ぬのでなく、死に時が来たから食べない・・・死が近づくと食べ物や飲み物を取らなくなると、鎮痛作用が高まり、気持ちが安らかになり、病気が引き起こす痛みが軽減します。亡くなっていく人は、自然に食欲が減退していくので、今まで食べてきたような量の食べ物はもはや必要としなくなります。

・生きるためには、飲んで食べなければなりません。しかし、寿命がきて、生きる必要がなくなれば、飲み食いしなくなるのは当然です。

・旅立ちに向う場合は、体力がだんだんなくなり、だんだん歩けなくなり、立てなくなり、座れなくなり、寝たきりになり、いつのころからおむつをするようになります。そして、最後に生きるのに必要な最低の能力が、飲み食いできることなのです。

・つまり、飲食いができなくなれば、あるいは、飲食いしなくなれば、それは寿命が来たということなのです。

 

16、旅立ちのコース・・・体重が減少に、体力が落ち、歩行できなくなり、立ち上がれなくなり、きちんと座れなくなり、飲食できなくなり、いよいよ、旅立ちのコースに入ります。

・ここで問題は、医療・介護側は食べないから死ぬと思っているから本人の意に反して延命介護・医療が行われます。

 

17、自分で飲食いできなくなれば「寿命」・・・自分で飲食いできなくなれば寿命というのは、あらゆる生き物に共通な、自然な最期の姿です。しかし、現在の日本では、寿命ということが理解できなくなっています。

・生きるためには飲んで食べるのは当たり前です。逆に、死んでゆくのに、飲食いする必要がありません。つまり、もはや身体が要求しないのですから、腹も減らないし、のども乾かないのです。ところが今の介護・医療者は食べないから死ぬと思い込んでいますから、点滴注射、鼻チューブ、胃瘻を作り強制的に時間をかけて無理やり押し込むことになります。しかし、これらは、本人の身体が、もういらないと言ってるのに、強いる行為ですから、本人の負担と苦痛は計り知れません。無理に押し込まれれば、吐いたり、浮腫んだり、気道からの分泌がふえますから、痰の吸引を何回もして苦しめます。これは死にゆく人に無用の苦痛を与えることになります。

 

18、延命介護はやめるべき・・・食欲は本能です。両手が使えなければともかく片方でも動けば手掴みでも食べるはずです。手をつけなければ、「死に時」が近づいている証拠です。

・介護の基本は自立支援です、すなわち「自立を助ける」ことです。これが真の介護です!安易に介助して食べさせることではないはずです。手をつけなければ食事はそのまま下げる。

・無理に食わせるのは拷問と同じです。

・食べたくないのに、無理やり口に押し込む。外から胃に穴をあけて流し込む「胃瘻」なんて最悪です。

・私たち年寄りは今から食事介護辞退の宣言をしようではありませんか。これは限りある資源を若い者のために少しでも残すための方策です。前述のように、死ぬときは枯れます。枯れて死ぬのが、自然で、楽で、非常に穏やかなのです。

・死にゆく年寄りが病院のベットを占領し、助かるはずの若者を締め出してはいけません。さあ、自宅での穏やかな自然死を目指しましょう。

 

19、日本人の10人に9人が、病院のベッドの上で、チューブまみれ、薬漬けで、苦痛まみれ、苦悩まみれで、体を痙攣させながら、息を引き取ることになります。

・大多数の人が、人生の最後は、愛する家族や子供たちに囲まれて自宅で静かに眠るように新しい次元へと向かいたいと願っています。平和な、安らぎとともに、愛する人に看取られつつ旅立つ・・・それがあなたの願いだったはずだ。

・しかし、その願いとは裏腹に、現実の日本では、10人に9人は、病院のベットで最期を迎えています。本人が望もうと望むまいと、選択の余地はありません。現実は、願いとは真逆で、無残で、悲惨で、苦悩に満ちている。それが、現代医療の悪魔的現実なのです。

・あなたは、そんな病院のベットで最期を迎えたくないはずだ。明日は我が身とならぬためまずは、目の前の現実を、直視しましょう。

 

 

20、続き・・・

 

 参考:

・大往生したけりゃ医療とかかわるな、 大往生したけりゃ医療とかかわるな介護編、  中村仁一著

・どうせ死ぬならガンがいい、  近藤誠・中村仁一共著

・大切な人の看取り方   デニー・コープ著  上野容子・こやまはるこ訳

・間違いだらけ老人介護、 老人病棟、 未来を救う波動医学、 病院に行かずに治すガン療法   船瀬俊介著

・ガン検診は受けてはいけない、薬は飲んではいけない、抗がん剤で殺される、船瀬俊介著

・余命3か月のウソ、 ガン放置治療のすすめ、 患者よガンと闘うな、 がんは放置治療でほんとにいいんですか   近藤誠著

・思い通りの死に方、  中村仁一・久坂部羊共著

・葬式は要らない、 島田裕巳著

・医学不要論、 大ウソ医学に騙されない極意  薬が人を殺してる  内海総著

・ガン健診は受けてはいけない、 船瀬俊介・森下敬一 著

 

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